






ロシア文学カフェ: 心の雑記帳
とにかく、ロシア文学は面白くて、奥が深い。どうもこの思いは、死ぬまで続くような気がする。まあ、こちらの片思いかもしれないが、そんなロシア文学に対する私からの〈ラブレター〉が本書である。
これまで、新聞や雑誌、紀要などに書き散らかした雑文が、気がつけば相当の数にのぼるに至った。もとより、系統立てて書いたものではないので、このような形で世に出すのは厚顔の至りなのだが、ロシアの文化に魅せられた人間の、ありのままの精神遍歴の足跡として記すのも無駄ではないと思う。
かりに一人でもこの思いに共感してくれる読者がいたなら、望外の喜びである。
ソ連文芸クロニクル
本書は、一九八三年二月から九一年三月までの八年間、早稲田大学名誉教授の安井亮平先生が朝日新聞の夕刊に寄稿したコラム「海外文化」を全て集録したものである(ただし「ブブノワさんというひと」のみ公明新聞に寄稿)。
この時期は、穿った見方をするなら、ソ連崩壊のカウントダウンが始まった時代とも言えるが、長く続いた停滞の時代が終わりを告げ、ペレストロイカの新風が吹き抜けた時代でもある。その歴史の渦中で、生き方を手探りで模索するロシアの人々を鮮やかに活写するその筆力と観察力は、文字数の制約を軽々と乗り越えている。それゆえ一読するだけで、時代の息吹きが、今もなお、生き生きと伝わってくるのである。書評という枠組みを越えて、時代を写す鏡としての機能を今も失っていないのは、文学研究に生涯を捧げた筆者のまさに労作業のおかげである。
モスクワとモスクワっ子(上): ―ロシア帝政末期の光と影―
『モスクワとモスクワっ子』は、十九世紀すえから二十世紀はじめにかけてモスクワのルポライターとして鳴らしたウラジーミル・アレクセーエヴィチ・ギリャロフスキー(通称ギリャイおじさん)の代表作の一つである。
ギリャロフスキー(一八五三〜一九三五)の名前は、スラム街とともに思い浮かべられるのが普通である。彼には一般市民が恐れて近づこうともしないスラム街に平気ではいりこんで、そのすさまじい生活をつぶさに観察し、そこに仲間までつくり出す特異な才能があり、彼の書く新聞記事は、いつもモスクワっ子のあいだに大きな反響を呼んだものである。そういう彼のもとにスラム街見学の案内をもとめにくる作家は大勢いたが、なかでも変り種は、モスクワ芸術座が『どん底』の上演に際して、演出家、俳優一同、ギリャロフスキーのあとについてヒトロフカをぞろぞろ見学してまわったことだろう。
モスクワとモスクワっ子(下): ―ロシア帝政末期の光と影―
歴史を読む」という言葉がある。
その言葉には、単に歴史書を繙くというだけでなく、歴史書の記述の裏にひそむ記述者の意図を探るとか、実際に史跡を訪ねて新しい資料の発見を試みるとか、そんなひろく史実を探索する意味がこめられている。
そういう暗示や謎に満ちた歴史や歴史書とくらべると―そもそも歴史や歴史書と比較していいものかどうかは別にして―『モスクワとモスクワっ子』は裏も表もない、単純明快にして痛快な読み物である。
新訳かもめ
この『かもめ』という戯曲は、ロシアの小説家・劇作家、アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフが1896年に書いたものです。もう120年ほど前に書かれたのですが、特に古びた感じはしません。いかがでしょうか?『かもめ』をはじめとしたチェーホフの劇作品は、よく日本の舞台でも演じられるので、ご覧になったことがあるかもしれません。
『かもめ』には、恋愛があふれています。老いも若きも恋をしています。で、ハッピーエンドの大洪水…といくかというと、そうはチェーホフが卸しま…いやいや、これは前書きでした。これから、みなさま、このお芝居を読むわけですよね。まずは、お楽しみください。
青春のロシア
最近、一部卒業生の勧めもあり、波乱に富んだわが半生の来し方を随想風にまとめてみようと思い立った。かえりみれば、決して短いとは言えないわが人生行路には、順境もあれば逆境もあった。本稿で諸君に語りたいのは順境についてではなく、逆境つまり失意・失敗・挫折の体験である。なぜならば、人は逆境時にこそ、順風時には見えない自分の欠陥・弱点を真剣に見つめ直すことができるからだ。
拙著回想記『わが青春 ロシア』の初版本が出てから四年近い。購読してもらった諸君には、単に読了するだけでなく貴重な批評・提言をいただいた。この欄を借りて深くお礼申し上げたい。おかげで印刷した部数も品切れになった。
わが放浪 わが出会い: 帝政末期のロシア人
十九世紀末から二十世紀はじめにかけてモスクワの新聞の特種記事といえば、ギリャロフスキー(通称ギリャイ)のものが際立っていた。それも、たとえばスラム街の生活や日蝕観測気球同乗記、ドン地方のコレラ蔓延、ニコライ二世の戴冠式記念祝典での群衆圧死事件、さらにはセルビアの摂政ミラン公暗殺未遂事件のからくりなど、内容の多彩さもさることながら、やはり生命がけの冒険記事の迫力が読者にとって大きな魅力だったといえる。
とにかく精力抜群、勇猛果敢、伝説的な怪力の持主である。
かくれ山と虹のなる木
この物語は、初孫が生まれてその喜びのあまり、書き始めました。
限りある命を受け継ぎ、誕生してきてくれた尊い命。負けない、勇気のある子どもになってと願い、大きくなったら読んでほしいなと思いながら、ペンを走らせました。でも途中からその思いが溢れて、止まらなくなってしまいました。創作するときに、こんな気持ちで書き続けたのは初めてのことです。
主人公は兄弟二人にしました。
三年後に、フィクションがノンフィクションになり、二番目の孫に恵まれました。弾むような嬉しさと、感謝と感激でいっぱいでした。二番目が生まれて、真にこの小説が完成したのだとも言えます。
虹には、壮大な宇宙の物語が潜んでいるような気がします。わくわくしてしまいます。
虹が空を駆けていったら、その国は平和になっていくという言い伝えが何処かにあればと、今、願っています。(あとがきより)
「姫沙羅の木の下で」
運命の悪戯のように、突然、人生の激流に飲み込まれる二人の少女。
そんな二人に輝かしい明日はやってくるのか。
本当の《安穏》とは、そして幸福とは……。
作者渾身の書き下ろし小説、ここに誕生!!