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 本書は、新生ロシア誕生後の一九九二年から今日に至るまでに、『窓』(ナウカ社)等の諸誌に発表されたエッセーや講演報告、論文などを、著者の安井亮平先生の了承を得てまとめたものです。
 前作の『ソ連文芸クロニクル』が、新聞コラムという性質上、各項目が短かくならざるをえなかったのに対し、本書は、比較的余裕のある長さで書かれた文章を収録しているので、どの項目も読み応えのあるものになっています。
 実証主義を旨とする著者は、早稲田大学に在職中(当時は長期滞在がほとんど不可能の時代でした)からほぼ隔年ごとにソ連を訪れ、還暦を期に退職したのちは更にそのペースを速め、ロシアの良心とも言うべき人々と友好を深めてきました。著者のように、ロシアの知識人と深く、長く親交を結んだ研究者は稀有と言えるでしょう。その記録を残すだけでも、本書を出版する意味は十分にあります。
 官制の文学理論が席巻していた時代にあっても、著者は、真摯に文学研究に従事し続けた研究者や、スターリンに圧殺された文学者に光をあて、いち早く日本に紹介してきました。換言すれば、ソ連時代でも生き続けていた普遍的な「ロシア」を体現した人や文化に触れ、交流を続けて来たのです。 
 ページを繰るにつれ、きっと読者の心には、ペテルブルグをこよなく愛する孤高の紳士や、乳母車を押す草原の若い母親の姿がありありと浮かんでくることでしょう。また、収容所の悲劇を活写した「コルィマ物語」の抄訳に、胸を熱くするはずです。その意味で本書は、ソ連崩壊から今日に至るまでの、激動の時代を生き抜いたロシア知識人の、ひたむきでリアルな年代記ともなっています。
 著者は、日本から見たロシアだけでなく、ロシアから見た日本という視点を常に合わせもち、特定の主義主張にかたよることなく「ロシア」と対峙してこられました。異国の者同士であるにもかかわらず、どうしてこれほどまでに濃密な交流が可能だったのでしょうか。それは、人との出会いとつながりを大切にする、著者の個性に負うところが大きいのはもちろんです。が、何よりも権威や権力を嫌う心と、時代の猛威に苦悩するロシアの魂が差異を軽々と越え、共鳴したからに違いありません。
「何を大袈裟な!」と破顔一笑される著者の姿が目に浮かんできそうですが、本書をひもとかれるなら、決して大袈裟でないことが、ご理解いただけると思います。「ロシア文芸異聞」とも言うべき本書が、多くの人のお手元に届くことを念じで、この辺で筆をおきます。

ロシア わが友 PDF版

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