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2008年、一匹の保護犬が家にやってきました。名前はルーク。 以来、14年半という歳月の中、家族は雨の日も風の日も共に歩き、季節の移ろいを肌で感じてきました。本書は、愛犬ルークとの三度の忘れられない旅、そして家族と共に巡った日本各地やウィーン、プラハ、ポルトガルの思い出深い旅の記録です。洲崎灯台の白亜の塔、清里の澄んだ空気、兼六園の静寂、そして松江城の威風堂々とした佇まい……。 旅先で出会った景色は、ルークの真 っ直ぐな瞳と、傍らにいた家族の笑顔と共に、今も鮮やかに胸に刻まれています。しかし、旅には必ず「終わり」があり、生命には「別れ」が訪れます。 愛する妻を送り、そして最愛の友であったルークを看取った著者は、深い喪失感の中で一つの光を見出します。本書は、ただのペットとの思い出話や家族の旅行記ではありません。 喪失を抱えながらも、いかにして人生を肯定し、前を向いて歩んでいくか。 犬を愛するすべての人へ、そして大切な人を想うすべての人へ贈る、愛と再生のメッセージです。
【レビュー】ヤタローさん
愛犬ルークは家族の輪の中心にいた。著者はまえがきに記している。「日々の散歩は、ルークとの絆を深める、かけがえのない儀式のようなものだった」。そんな想いが最初の章「ルークとの旅」に綴られている。ルークについての記述は決して多くはない。所々にさりげなくスケッチされているに過ぎないのだが、それが却って、愛犬への純粋な愛を静かに伝えてくる。
感心させられるのは、目的地までの非常に細やかな記述だ。道中記そのものを体現したかのような筆致である。本書を片手に著者と同じコースを辿ってみるならば、著者の想いをより一層強く感じることができるだろう。頭の中でそれを試行してみた際、家族旅行の章にある「能登、金沢冬の旅」が特に印象に残った。
読み手は本書の文中に浸り、著者の導くままに流されていけば良い。身を任せて辿った途上、ふと感じたことがある。本書は、著者の「記憶のコスモス」そのものではないのか。彼が作成したプラネタリウムを、私たちは仰ぎ見ているのではないか。あそこにルークがいて、その近くにご家族が並び、さらに訪問地が重なる。著者のメモリ(記憶)の中に、私たちは同乗しているのではないか。そんな感慨を抱きつつ、著者との一体感に深い心地良さを覚えた。
小説の前半は、いわゆる心理小説の様相を呈しているが、後半になるにつれて人間存在の奥底まで照射する筆力で法廷ミステリーの趣までも呈する、いわば二重の螺旋構造となっていて最後まで読者を飽きさせない一粒で二度美味しい小説だ。
読者の中には、結末に納得いかない人もいるかもしれない。あるいは全ての解を得られないと不満を漏らす御仁もおられるかもしれない(私達は、話にケリをつけることで、往々にして「分かった」つもりになっている)。
しかし本作の魅力の一つは、「閉じられていない」ところにもあるのだ。つまりは各自で回答を探し出す喜びを作者は提供してくれているとも言える。本書はそんな「余白」を残してくれている作品なのだ。
観察力と洞察力のベースに人間としての優しさが見え隠れする物語。優しさに裏打ちされた強さをもつ作者の本作を、どうか味わい尽くしていただきたい。(「はじめに」より)
【レビュー】K.T.さん
「緋色の契印」を読ませていただきました。グングン引き込まれて、家事仕事をしながらほぼ一昼夜で読み終わりました。少しだけ、ささやかながら感想を。
赤嶺さんは生きにくい人生ながら、佐和子さん、轟さんの他に信頼できる松岡さんが居てくださりホットしました。主人公の轟さんは他人との距離の取り方も適切、おもねることも蔑むこともなく、バランスの取れた方、その上、優しさと人としての品を兼ね備えてる方ですね。
証人としての発言は優しさに溢れ秀逸さにつつまれました。(殊に137頁4行目)、まさに私が目指したい理想像です。
また、『赤嶺の心の奥底にある動かしがたい障害物を、あえて、「岩」と表現した』、年を重ねてくると、自分自身への至らなさの自覚も増えて、赤嶺さんの「岩」と同じものを持つ自らに気づかされます。
しかし、ここで救われたのは、深遠な宇宙に向けて放つ火(=緋)は、人間の持つ業を浄化してくれる、それは人間と宇宙の約束事、「契印」と。私はそのように読み解きました。
あとがきで「妻への感謝」、大きな贈り物ですね。奥さまの喜びが伝わります。
さすがですね。心地よい読書時間でした。
しかし、ここまできて、お忙しい中ですのに、小説を書こうとしたきっかけは何だろうと、お聞きしたくもなりました。







